2008年08月02日
人を人たらしめるものそれは人の愛である

人を人たらしめるものそれは人の愛である
今から800年程前、ローマ帝国のフリードリッヒ二世が、多くの新生児を集めて恐ろしい実験を行いました。
集めた新生児に対してスキンシップを全く施さず、言葉も掛けることなく、世話係がミルクを与えて胃袋を満たし、排泄【はいせつ】の処理だけして育てたのです。その結果、ほとんどの新生児が心を病み、多くが死んでいったというのです。
この事実から、人は栄養補給と身辺処理だけではまともに生きてはいけず、スキンシップは魂の正常化をはかる上で極めて重要であるということは明らかです。新生児は親からの愛情を得ようと、精神的乾きを何とかして潤そうと必死なのです。
現在の日本を見渡すと、あらゆるところで魂の叫びが聞こえてきているという現状です。家庭・学校での教育が崩壊しつつある今、職場での教育が最後の砦【とりで】ではないかとも言われています。
社員教育で頭を悩ませていたA社長の会社では、とくに若手社員の離職率が高く、無断欠勤・遅刻、トラブル等が後を絶たない状況でした。そうした中、経営者モーニングセミナーで輪読する『万人幸福の栞』の一節に氏は光明を見いだしたのです。
人を生み、育て、やしなう、これは親の愛である。家庭をつくり、社会をいとなみ、人の世の幸福と文化を生み出すもとは、人の愛である。
それからというもの、社員を我が子のように思い、専務である妻と二人で時には親代わりに叱り、時には誰よりも応援しました。A社長夫婦の家族以上の関わりに若手社員も心打たれ、「裏切れない」という思いから、問題が激減したのです。
倫理研究所創設者の丸山敏雄は、その著『純粋倫理原論』「愛の倫理」の中で、愛を段階的に説明しています。最も低い愛情を自己愛であると述べ、これは己一人の為に愛を支配・独占、すべて我が物としようとする我情の変形であるとしています。恋愛は、この段階で終わるものが多く、男女の愛は、じつは動物愛を誇張したものであるとも言っています。
次の段階として愛が人間のものになってくると、まず、滲み出るのは憐憫の情で、「気の毒だな」「かわいそうだな」という同情心となります。この時、人間の心は動物の心とは離れ、これが高められて友愛となり、師弟の愛となり、主従の愛となり、ついに親子絶対の愛になるというのです。
多くの親は、子供のためならば、己を捨て子供を守ろうとします。子供が病気になろうものなら「自分が代わりに病気になります。だから子供だけは助けて下さい」と念じ、子供が危険にさらされようものならば、命がけで助けに行くでしょう。そこには自己愛など無く、我が子に幸せになってもらいたいという思いしか存在しません。
どのような人にも父親と母親は存在します。また親代わりとされる人が存在します。会社では社長が親であり、社員はかわいい子供たちです。社員の幸せを願い、親のような思いに至ったとき、真心の働きが姿を現わすのです。
2008年07月03日
両親との関係が人間関係の根本【今週の倫理566号】

両親との関係が人間関係の根本
先日起きた秋葉原での連続殺傷事件についての報道でもクローズアップされていましたが、人との絆が薄れ、孤独になるとエゴが増長し、物事を正しく見られなくなります。一方、人と人との絆が強まることで、自分の周囲に様々なよい流れを作ることが出来ます。人は人と交わることによって本当の人になるのです。
親子関係で問題を抱えていたA氏は、子供の頃は可愛かった長男に対して、「もうこの子はいないほうが、我が家は幸せになるのではないだろうか。幸いにも次男がいることだし、長男はどこかに出て行ってくれないものだろうか」と真剣に思うようになりました。
この時、A氏の夫婦仲もまた冷えていました。夫婦として一緒に住んでいるものの、ただ同居しているだけといった関係でした。さらには、長年の懸案事項であった両親との関係も未解決のままで、とくに父に対してマイナスの感情がぬぐい去れないでいたのです。
そんなA氏の悩んでいる姿を見た友人が、A氏を地元のモーニングセミナーに誘いました。そこで「両親との関係の良し悪しがあらゆる人間関係の根本をなす」と知り、さっそく疎遠になっていた今は亡き父の墓参りに出向き、これまでの心間違いを詫びます。その後も定期的に墓参を続ける中で、それまでは嫌っていた元気な頃の父の言動は、実は自分たち兄弟への愛情の表われだったことに気づきます。
この気づきとほぼ時を同じくして、妻との関係も長男との関係も改善の方向に進み、今では夫婦関係はもとより、長男との関係も良くなり、家族としての幸せをしみじみと味わっています。
わずらわしさや苦手意識、また人の好き嫌いなどから、他人との絆が希薄になった状態は、自分では気づかないものの自己中心的な生き方になっています。そのあり方は、自分を守り、尊重するようで、実は自他の生命をも疎かにする行為となります。
この私たちを取り巻く絆には、大きく分けて縦(上司・部下などの関係)と横(同僚・友人などの関係)という二種類の絆があります。この二種類の絆を共によくするには、わが両親との関係をより良くすることです。両親との関係を良くできる人は、自分の周囲に起こった出来事に対して、何を意味するか気づきやすくなります。
自分の身に起こってくることは、苦しいこと(自分にとっては苦しい出来事)であっても、不必要なことは何一つなく、《全ての出来事には自分を成長させる何かの意味がある》ものです。
しかし、両親との関係がよくない場合は、様々な出来事に含まれる大切な意味に気づかず、見過ごしやすくなります。その出来事が苦しみ事ならば、単なる苦しみのままで終始し、せっかくの自己成長の機会を逃すことにもなります。
そこで両親との関係をよりよいものにする実践として、もしもこれまでに間違った感情を親に向けていたならば、A氏と同じように素直に詫びることです。両親の現在の生存の有無に関わらず、頻繁に顔を見せる、(墓前に)報告をするなど、できる限り喜んでいただける精一杯の努力と実践を継続していきたいものです。

2008年06月19日
職場の教養の活用が社員の変化を呼ぶ

職場の教養の活用が社員の変化を呼ぶ
倫理法人会の会員には、特典のひとつとして会費一口につき『職場の教養』という小冊子が三十冊贈呈されます。
同誌は職場の朝礼に活用するもので、社会人としての行動指針や人としての心のあり方など、毎日多岐にわたるテーマで一カ月分をまとめてあります。
使い方は各社で自由ですが、基本的にはリーダーを決めて、そのリーダーが本文の最初と最後の段落を読みます。途中の段落はリーダーが「ハイ」と区切り、それを受けて次の読み手が積極的に「ハイ」と返事をして読み進めます。全文を読み終えた後にリーダーが感想を一言述べ、最後はリーダーの音頭に合わせて、具体的な実践の目標が示された「今日の心がけ」を全員で唱和します。
多くの倫理法人会会員企業が活用していますが、様々な喜びの声が担当者のもとに届いています。
次に紹介するのは、三十代の女性社員から送られてきたミニ体験です。
私は中途採用で今の会社に入社しました。ところが二十二歳の女性社員で、なんとなく苦手な子がいました。年は私が上なのですが、彼女の私に対する視線には「後から来たくせに」という冷たいものを感じます。しっくりいかないまま数日間が過ぎました。
そんなある朝、『職場の教養』の「今日の心がけ」に「先手で挨拶をしましょう」とあり、ハッとしました。挨拶もせず、言葉も交わさずでは、ますます気まずい雰囲気になってしまう。勇気を出して自分から声をかけてみようと決意しました。そして翌朝、私は思い切って彼女に「おはようございます」と挨拶をしたのです。すると彼女からも「おはよう」と挨拶が返ってくるではありませんか。これを境に彼女の視線から冷たさが消え、古くからの仲間のように温かく気軽に接してくれるようになったのです。
以前の職場では朝礼はありませんでしたし、もちろん『職場の教養』を読んだこともありません。今この職場で『職場の教養』に出会えたことをとても嬉しく思っていますし、たった一言の「おはよう」がこんなに人間関係をスムースにするとは、私にとって初めての体験でした。
どの職場でも初めて『職場の教養』を導入した時には、社員からは様々な反応があるものです。「仕事と何の関係があるんだ」「こんなことをやっても時間の無駄では」など。しかしここでトップが挫けてしまえば、すべてが水泡に帰します。
ものごとはいったん始めたらとにかくやり続けることです。やり続けるうちに、必ず社員にもその良さや必要性は伝わります。また、そう信じてトップが真剣に取り組むことが大切です。
続けるうちに「社員が積極的になった」「自分の考えをハッキリと言うようになった」など、その変化を感じられるのはトップにとっても最高の喜びです。一日一日の積み重ねですが、その成果は計り知れないものがあるのです。

2008年06月12日
繁栄への道は朝起きから始まる

繁栄への道は朝起きから始まる(今週の倫理563号)
倫理というと、堅苦しいものと思い、少し構えてしまう人があるようですが、そんなものではありません。特別むずかしいことでもないのです。
倫理の学びは、朝起き、あいさつ、返事・笑顔・後始末といった、人として社会生活をおくるために当たり前のことを、しっかり実践していくことなのです。
この教えをあらゆる業界の経営者が企業経営に活かし、基本的な事を実践して素晴らしい企業風土を育んでいるのです。そして日々の実践活動を通じて社会のために仲間づくりを楽しみつつ、「日本創生」に向かっていこうというのが私たちの目的です。
まずは、朝起きの実践です。「朝起きは繁栄の第一歩」という標語をかみしめましょう。朝、目が覚めるということは、自分の力ではなく大自然の力によるものです。大自然の大きな力で生かされているのが私たちなのです。
グズグズしていて何の得があるでしょうか。毎日のグズグズ時間によって、精神的・物理的に失うものの蓄積は、ばかになりません。
今日一日が私の、あなたの人生です。そして、今日は二度と戻ってこないのです。「やり直しができない」と気づいたら、のんびり朝寝などしてはいられないでしょう。朝は一日の出発、スタート。お互いに持っている能力や個性を発揮する第一歩と心得て、模範となる朝起きの実践に磨きをかけていかねばなりません。
朝起きを実践している人は、仕事を追いかける人になっていきます。仕事を積極的に追いかける人は、仕事が順調に進み、人が都合よく来てくれます。営業の話がより良くまとまり、外回りでの交通の流れまでがスムーズに運んでいくのです。
T氏は、六年前から朝起きの実践に真剣に取り組むようになりました。倫理法人会が主催する「経営者モーニングセミナー」に積極的に参加しています。
午前六時からの「経営者モーニングセミナー」への参加を一つのきっかけに、毎日午前四時には起床。会社に一番乗りをすると仕事も効率よく進むことを身をもって体験しました。
S氏は、健康不安をいだきながら消極的になっていたことを反省し、生活を朝型に変えて積極性を高めました。するといつの間にか、先手の挨拶と「ハイ」の返事が身についてきたのです。健康への不安は、いつしか消えていったことはいうまでもありません。
N氏は、倫理は実践することで身につくものと心し、様々なことに挑戦しています。
朝起きの実践、そして夫婦での朝の挨拶、トイレ清掃と、すべてに喜んで磨きをかけているのです。
「自分に負ける人は何をやっても大成しない。朝起き一つ出来ずに何ができるか。『ねむたくばいつまでも眠れ墓の中』」(「清き耳」丸山敏雄著)といわれるように、倫理の実践は日常のごくごく当たり前のことであって、誉められたり、はやし立てられたりするものでもありません。朝起きは繁栄の第一歩と心得れば、おのずと私たちがするべきことは見えてくるはずです。

2008年05月12日
プロフェッショナルは笑顔を作り上げる
経営コンサルタントの中村氏が駆け出しの頃、当時、売れっ子コンサルタントとして数多くの自己啓発・セールス本を著していたN氏と共に、印刷業会の例会で講演を行なったときのことです。
中村氏とN氏は初対面だったため、控え室では主催者を間にはさみ、とりとめのない会話をしていました。主催者が席をはずし二人だけになると、それまでのぎこちなさに加えて何も語るものがなくなり、互いに向き合って目の先のお茶を飲むだけでした。二人とも鞄から講演の資料を取り出し、最終チェックに没頭するしかありません。
そうするうちに、突然N氏が自分の顔を叩いたり揉んだりし始めたのです。中村氏は〈いったい何が始まったのか〉とN氏の顔を凝視していると、さらに両手の人差し指を口の中に入れて「ウンウン」と言いながら引っ張ったり、中村氏に向かってニィーとしてみたり、低い声で笑ったりと、奇妙な行動はエスカレートするばかり。中村氏は正直、その意味するところがまったく理解できず、〈この人は頭がおかしいのでは…〉と思ったほどです。
講演が始まり、まずN氏が一時間にわたって話をしました。滑らかな口調で、誰もが知っている話題から切り出した氏は、グイグイと聴衆を引きつけていきます。横で聴いていた中村氏も、その語り口の柔らかさと表情の豊かさに、思わず引き込まれてしまいました。徐々に難しいテーマに移っているにもかかわらず、N氏は終始さわやかな笑顔だったからです。
続いて中村氏の講演も無事終了。にぎやかなパーティー会場に移り、再度、中村氏とN氏は同席することとなりました。先ほどから心の中に引っかかっていた控え室でのN氏の不思議な行為に関して、中村氏は率直に尋ねてみました。
するとN氏は満面の笑顔で、「先ほどは大変失礼しました」と言いつつ、その行為について次のように解説を始めました。
「じつは私は以前から人前に立つと、どうしても顔がこわばってしまうため、少しでも柔らかくしようという思いで、先ほどのようなことを始めたのです。ふだんは人目につかないところでやってはいるのですが、今日は時間もなかったためとはいえ、失礼を省みずに申し訳ありませんでした」
この言葉を聞いた瞬間、中村氏は「プロの厳しさ」を垣間見た気がしました。
ひとくちに笑顔といっても、たゆまぬ努力を重ねて作り上げられるものなのです。そこには、少しでも相手の心が和むようにという、思いやりの心が存在します。
私たちは一人で生きているのではありません。多くの人々に支えられて「生かされている」のです。人によって生かされているのであれば、もっともっと心のこもった言葉や表情で人に接するべきでしょう。
ひとつの世界でプロフェッショナルとして生きていくことは、容易ではありません。実務に精魂を傾けるのは当然ですが、言葉や挨拶、そして表情などのさりげない部分が付加価値を生みます。ゆめゆめ怠りなく、私たちも力を入れていきたいものです。
中村氏とN氏は初対面だったため、控え室では主催者を間にはさみ、とりとめのない会話をしていました。主催者が席をはずし二人だけになると、それまでのぎこちなさに加えて何も語るものがなくなり、互いに向き合って目の先のお茶を飲むだけでした。二人とも鞄から講演の資料を取り出し、最終チェックに没頭するしかありません。
そうするうちに、突然N氏が自分の顔を叩いたり揉んだりし始めたのです。中村氏は〈いったい何が始まったのか〉とN氏の顔を凝視していると、さらに両手の人差し指を口の中に入れて「ウンウン」と言いながら引っ張ったり、中村氏に向かってニィーとしてみたり、低い声で笑ったりと、奇妙な行動はエスカレートするばかり。中村氏は正直、その意味するところがまったく理解できず、〈この人は頭がおかしいのでは…〉と思ったほどです。
講演が始まり、まずN氏が一時間にわたって話をしました。滑らかな口調で、誰もが知っている話題から切り出した氏は、グイグイと聴衆を引きつけていきます。横で聴いていた中村氏も、その語り口の柔らかさと表情の豊かさに、思わず引き込まれてしまいました。徐々に難しいテーマに移っているにもかかわらず、N氏は終始さわやかな笑顔だったからです。
続いて中村氏の講演も無事終了。にぎやかなパーティー会場に移り、再度、中村氏とN氏は同席することとなりました。先ほどから心の中に引っかかっていた控え室でのN氏の不思議な行為に関して、中村氏は率直に尋ねてみました。
するとN氏は満面の笑顔で、「先ほどは大変失礼しました」と言いつつ、その行為について次のように解説を始めました。
「じつは私は以前から人前に立つと、どうしても顔がこわばってしまうため、少しでも柔らかくしようという思いで、先ほどのようなことを始めたのです。ふだんは人目につかないところでやってはいるのですが、今日は時間もなかったためとはいえ、失礼を省みずに申し訳ありませんでした」
この言葉を聞いた瞬間、中村氏は「プロの厳しさ」を垣間見た気がしました。
ひとくちに笑顔といっても、たゆまぬ努力を重ねて作り上げられるものなのです。そこには、少しでも相手の心が和むようにという、思いやりの心が存在します。
私たちは一人で生きているのではありません。多くの人々に支えられて「生かされている」のです。人によって生かされているのであれば、もっともっと心のこもった言葉や表情で人に接するべきでしょう。
ひとつの世界でプロフェッショナルとして生きていくことは、容易ではありません。実務に精魂を傾けるのは当然ですが、言葉や挨拶、そして表情などのさりげない部分が付加価値を生みます。ゆめゆめ怠りなく、私たちも力を入れていきたいものです。
2008年02月08日
社員間の相乗効果で社内に新風を呼ぶ

今週の倫理545号
「障害者の雇用の促進等に関する法律」では 、「障害者雇用率制度」が設けられており、常用労働者数が五十六人以上の一般民間の事業主は、その常用労働者数の一・八%以上の障害者を雇用しなければならないと定めています。
平成十八年六月一日現在の身体障害者、知的障害者及び精神障害者の実雇用率は、前年より〇・〇三ポイント上昇し一・五二%となりました。しかしながら、中小企業の実雇用率は低い水準にあり、特に一〇〇~二九九人規模の企業においては実雇用率が一・二七%と企業規模別で最も低いといわれています。
そうした中で、一二〇名の社員に対し一〇%以上の雇用を誇る会社があります。栃木県はが野倫理法人会に所属する「ヘイコーパック株式会社」(代表取締役・鈴木健夫氏)で、紙袋・包装紙の製造を営む会社です。
平成十一年、障害者向けの合同面接会で出会った重度の肢体障害を持つ女性の採用がきっかけでした。当時、同社には障害者用のトイレの設備等が整っていなかったため、いったんは採用を断わりました。しかし、その後数カ月にわたって同社にアプローチをするという熱意に打たれ、採用を決めたといいます。
鈴木社長は障害者雇用に踏み切って良かったと、次の四点を強調しています。
一、社内的に思いやりの心が育まれ、ギスギスしたところがなくなって穏やかな社風に変わっていった。
二、考えるほど大変なことではなく、リスクがあるどころか、むしろ風通しの良い会社になった。
三、仕事を教えることは大変でも、一緒に仕事をする中で、何事に対してもあきらめずに一所懸命に取り組む純粋な姿勢に学ぶ機会が数多くあった。今まで気づかなかったことを気づかせられ、健常者も人間的に成長することができた。
四、「経済性を向上させようとするならば、障害者を雇用すべし」と断言できる。障害者に対し、噛み砕いて仕事を教えていく中で、自分たちの仕事を見直し、間違いのない仕事の進め方を研究したり、ムダを省き物事を簡素化する作業を進めることにより、生産性を高めることができる。
日々の活力朝礼の積み重ねが功を奏して、明るい、元気のある挨拶や報告ができるようになり、欠勤者も少なくなって仕事の効率も大幅に向上しているといいます。彼らの仕事自体は遅くとも、「絶対にあきらめないぞ」という魂が社内に注入されたとき、大きな感化が社員全員を覆います。健常者は障害者から自己向上への気迫を感じ、障害者は健常者のスムーズな働きに〈自分たちも負けない〉という気概を得るのです。
同じような相乗効果は、ベテランと新人、上司と部下という関係においても日々の中で見られるでしょう。良質な刺激は社を活性化させます。縁あって同じ社内に生きる者同士、互いに磨き合い、高め合いつつ、一つの目標に向かって歩んでいきましょう。
2007年11月30日
◇事実を直視しつつ真実を見定める◇今週の倫理535号
企業コンサルタントの松浦氏は、人と会うことが仕事の大半を占めます。今でこそ人並のコンサルタントになったものの、かつては若気の至りで数知れぬ失敗を重ね、その都度多くの方々に導かれ、育てていただいたのです。そんな松浦氏にとり、忘れたくとも忘れられない人物にK氏がいます。
K氏は北陸の小さな町で、生鮮食品を中心とした店を経営していました。見るからに人の良さそうな好人物で、周囲の人間が無理難題を持ちかけても、一切それに逆らわず、いつもニコニコしているのです。
松浦氏も時々、担当地域の会員増強が思うように進まないと、厳しい声で「Kさん、申し訳ないが、一人で百名程度増強してください」と声を掛けます、するとK氏は、間髪入れずに「ハイ」と返事をするのです。 普通であれば、「自分だって仕事をしている身です。そんな時間も金もありません」と反論してもおかしくないのですが、ものの見事な受けっぷりなのです。
ただしK氏の最大の欠点は、受けても実行に移したためしがないことでした。周囲は、そんな氏の性格を知っていたため、どこか見下すような思いで接していたようです。若い松浦氏も、K氏は返事ばかりで頼りにならない人物であると思うようになっていきました。
ある雪の舞う冬のこと。松浦氏は仕事を終え、宿への戻り道で、小さな川に架かる橋を渡っていました。なにげなく川面に目を向けた時に、飛び込んできたものがあります。雪の舞う川の中に膝まで浸かり、一所懸命に洗い物をしている人がいます。こんな凍えるような中で、いったい何をしているのだろうと目を凝らすと、なんとそれはK氏その人だったのです。思わず松浦氏は、大きな声で「Kさん!」と呼びかけました。K氏は悪戯っ子が悪戯を見られたように、チョコンと頭を下げるだけでした。
松浦氏はK氏のことが心にかかり、周囲に何気なく氏のことを尋ねてみました。K氏の母親は数年前に倒れ、全身マヒで寝たきりの生活。下のほうの世話を嫁であるK氏の妻がやろうとすると、「私は嫁の世話にはならん」と拒むため、長男であるK氏がその世話をしている。洗い物がたまると、シーツやオシメの下洗いのために、川の中で洗濯をしているとのことでした。
松浦氏は一瞬、頭を殴られたような感覚にとらわれました。〈自分はどれだけK氏のことが分かっていただろう。表面だけを見て、あの人物はこうだ、ああだと決めつけていた〉と、浅薄な自分を恥じたのです。
世の中には「事実」と「真実」があります。事実は実際に起きた事柄で、あの時あなたはこう言った、ああ動いたなど、確かに間違いはないことです。しかし必ずしも事実が真実ではないことを、私たちは心せねばなりません。事実の奥に隠された部分に、本当のものが潜んでいることがあります。その真実を突きつめる作業が、経営者には不可欠なのです。
人の痛みや悲しみを共有できる感覚を磨くためにも、相手の立場に立ってものを考え、行動することを銘肝したいものです。
K氏は北陸の小さな町で、生鮮食品を中心とした店を経営していました。見るからに人の良さそうな好人物で、周囲の人間が無理難題を持ちかけても、一切それに逆らわず、いつもニコニコしているのです。
松浦氏も時々、担当地域の会員増強が思うように進まないと、厳しい声で「Kさん、申し訳ないが、一人で百名程度増強してください」と声を掛けます、するとK氏は、間髪入れずに「ハイ」と返事をするのです。 普通であれば、「自分だって仕事をしている身です。そんな時間も金もありません」と反論してもおかしくないのですが、ものの見事な受けっぷりなのです。
ただしK氏の最大の欠点は、受けても実行に移したためしがないことでした。周囲は、そんな氏の性格を知っていたため、どこか見下すような思いで接していたようです。若い松浦氏も、K氏は返事ばかりで頼りにならない人物であると思うようになっていきました。
ある雪の舞う冬のこと。松浦氏は仕事を終え、宿への戻り道で、小さな川に架かる橋を渡っていました。なにげなく川面に目を向けた時に、飛び込んできたものがあります。雪の舞う川の中に膝まで浸かり、一所懸命に洗い物をしている人がいます。こんな凍えるような中で、いったい何をしているのだろうと目を凝らすと、なんとそれはK氏その人だったのです。思わず松浦氏は、大きな声で「Kさん!」と呼びかけました。K氏は悪戯っ子が悪戯を見られたように、チョコンと頭を下げるだけでした。
松浦氏はK氏のことが心にかかり、周囲に何気なく氏のことを尋ねてみました。K氏の母親は数年前に倒れ、全身マヒで寝たきりの生活。下のほうの世話を嫁であるK氏の妻がやろうとすると、「私は嫁の世話にはならん」と拒むため、長男であるK氏がその世話をしている。洗い物がたまると、シーツやオシメの下洗いのために、川の中で洗濯をしているとのことでした。
松浦氏は一瞬、頭を殴られたような感覚にとらわれました。〈自分はどれだけK氏のことが分かっていただろう。表面だけを見て、あの人物はこうだ、ああだと決めつけていた〉と、浅薄な自分を恥じたのです。
世の中には「事実」と「真実」があります。事実は実際に起きた事柄で、あの時あなたはこう言った、ああ動いたなど、確かに間違いはないことです。しかし必ずしも事実が真実ではないことを、私たちは心せねばなりません。事実の奥に隠された部分に、本当のものが潜んでいることがあります。その真実を突きつめる作業が、経営者には不可欠なのです。
人の痛みや悲しみを共有できる感覚を磨くためにも、相手の立場に立ってものを考え、行動することを銘肝したいものです。
2007年11月27日
◇絶対信頼こそが良き後継者を生む◇今週の倫理534号
◇絶対信頼こそが良き後継者を生む◇
経営者の最大の課題は、企業の存続と発展にあります。企業は公器であり、創業者といえども自分の思いのままに会社を左右することなど出来ません。したがって、経営者にとって後継者の育成は大きな任務の一つとなります。
東京市長として関東大震災後の復興に取り組んだ後藤新平は、「事業家は、金を残して死ぬのは下だ。仕事を残して死ぬのは中だ。人を残して死ぬのは上だ」という言葉を残しました。「人を残すこと」つまり、すぐれた後継者を育て上げることは、企業を永続的繁栄に導く最大の要件となります。
金沢市でテイクアウト専門の寿司店「芝寿し」を経営する二代目社長・梶谷晋弘氏(法人スーパーバイザー)は、四十歳で社長に就任しました。しかし「社長継承記念と創業三十年」を期に、商品増産をはかるため新工場を建設したにもかかわらず、逆に減産の方向に進んでしまいました。
その原因は、新しい機械に慣れていなかったことにあり、そのうち慣れるだろうと高をくくっていましたが二、三週間経過しても生産量が予定通り上がらず、お客様からのクレームの電話が直接社長のところにかかってくる始末です。
当時、年商二十億円の半分を掛けた投資でもあり、「何としてもこの窮地から脱出しなければ」と決意を新たにし、新工場の会議室にベッドを持ち込み、なぜ生産が計画通り進まないのかを自分で確かめたのです。
新工場が稼動し始めて四カ月目のある夜、いつものように生産ラインを見回っていたとき、腰が折れ曲がり足取りもおぼつかない年輩の女性の後姿が目に入りました。「人手が欲しいのは分かるが、腰の悪いお年寄りを働かせて、もしケガでもされたらどうする」と工場長に言うと、思いがけない言葉が返ってきました。
「あの方は社長のお母さんですよ。一カ月も前から深夜に出勤され、お手伝いをしてらっしゃるのです。息子である社長には言わないで欲しいと、口止めされています」
百名近い女性が同じ白衣を着て働いているため、まったく気がつかなかったのです。来る日も来る日も家に帰れない息子を、黙ってみていられない母の思いが、パートさんと一緒に働かせたのです。社長はその時、母の小さな背中に手を合わせて、「一日も早く工場を稼動させます」と誓ったのです。
その後、従業員一丸となって取り組んだ結果、順調に稼動し始めました。一方、相談役の父親は「息子が直面している試練は、必ず本人が克服しそこから何か大きなものを学び取っていくに違いない」と、子に対する絶対信頼の心を持ち続けたといいます。母と父による「動」と「静」のサポートが、息子をさらに成長させたのです。
人の育成に最も大切なものは「信」です。後継者に対して信の愛情を以て接するとき、道は拓かれます。「信は動いて愛となる。そして、すべてをうるおし、すべてを充たす。信には欠けるところがない。信は成し、信はみたす」(『万人幸福の栞』)のです。
経営者の最大の課題は、企業の存続と発展にあります。企業は公器であり、創業者といえども自分の思いのままに会社を左右することなど出来ません。したがって、経営者にとって後継者の育成は大きな任務の一つとなります。
東京市長として関東大震災後の復興に取り組んだ後藤新平は、「事業家は、金を残して死ぬのは下だ。仕事を残して死ぬのは中だ。人を残して死ぬのは上だ」という言葉を残しました。「人を残すこと」つまり、すぐれた後継者を育て上げることは、企業を永続的繁栄に導く最大の要件となります。
金沢市でテイクアウト専門の寿司店「芝寿し」を経営する二代目社長・梶谷晋弘氏(法人スーパーバイザー)は、四十歳で社長に就任しました。しかし「社長継承記念と創業三十年」を期に、商品増産をはかるため新工場を建設したにもかかわらず、逆に減産の方向に進んでしまいました。
その原因は、新しい機械に慣れていなかったことにあり、そのうち慣れるだろうと高をくくっていましたが二、三週間経過しても生産量が予定通り上がらず、お客様からのクレームの電話が直接社長のところにかかってくる始末です。
当時、年商二十億円の半分を掛けた投資でもあり、「何としてもこの窮地から脱出しなければ」と決意を新たにし、新工場の会議室にベッドを持ち込み、なぜ生産が計画通り進まないのかを自分で確かめたのです。
新工場が稼動し始めて四カ月目のある夜、いつものように生産ラインを見回っていたとき、腰が折れ曲がり足取りもおぼつかない年輩の女性の後姿が目に入りました。「人手が欲しいのは分かるが、腰の悪いお年寄りを働かせて、もしケガでもされたらどうする」と工場長に言うと、思いがけない言葉が返ってきました。
「あの方は社長のお母さんですよ。一カ月も前から深夜に出勤され、お手伝いをしてらっしゃるのです。息子である社長には言わないで欲しいと、口止めされています」
百名近い女性が同じ白衣を着て働いているため、まったく気がつかなかったのです。来る日も来る日も家に帰れない息子を、黙ってみていられない母の思いが、パートさんと一緒に働かせたのです。社長はその時、母の小さな背中に手を合わせて、「一日も早く工場を稼動させます」と誓ったのです。
その後、従業員一丸となって取り組んだ結果、順調に稼動し始めました。一方、相談役の父親は「息子が直面している試練は、必ず本人が克服しそこから何か大きなものを学び取っていくに違いない」と、子に対する絶対信頼の心を持ち続けたといいます。母と父による「動」と「静」のサポートが、息子をさらに成長させたのです。
人の育成に最も大切なものは「信」です。後継者に対して信の愛情を以て接するとき、道は拓かれます。「信は動いて愛となる。そして、すべてをうるおし、すべてを充たす。信には欠けるところがない。信は成し、信はみたす」(『万人幸福の栞』)のです。




